早慶上智はいつから早慶上理になった?ICUまで加わった大学群の歴史と理由
「早慶上智」という大学群をご存じでしょうか。
早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学の3校をまとめた呼び名で、長年、難関私立大学の代名詞として使われてきました。
ところが、いつの間にか東京理科大学を加えた「早慶上理」という呼び方が広まり、さらに近年では国際基督教大学(ICU)まで含めた「早慶上理ICU」という名称も見かけるようになりました。
いったい、いつ、誰が、何のために大学を加えていったのでしょうか。
実は、その歴史をさかのぼると、今から123年前の1903年、明治時代の野球対抗戦にまで行き着きます。
そして大学群の名称が変化してきた背景には、日本の高度経済成長、大学受験の大衆化、理系教育への注目、国際化、そして予備校や受験メディアの発展がありました。
今回は、明治時代から2026年までの歴史を振り返りながら、「早慶上智」「早慶上理」「早慶上理ICU」という大学群の誕生と変遷を詳しく解説します。
早慶上智・早慶上理・早慶上理ICUとは?大学群の違い
最初に、それぞれの大学群に含まれる大学を確認しましょう。
| 大学群 | 含まれる大学 | 大学数 |
|---|---|---|
| 早慶 | 早稲田大学・慶應義塾大学 | 2校 |
| 早慶上智 | 早稲田大学・慶應義塾大学・上智大学 | 3校 |
| 早慶上理 | 早稲田大学・慶應義塾大学・上智大学・東京理科大学 | 4校 |
| 早慶上理ICU | 早稲田大学・慶應義塾大学・上智大学・東京理科大学・国際基督教大学 | 5校 |
現在では、いずれも難関私立大学を表す呼称として使用されています。
ただし、ここで重要なのは、これらの名称が大学同士で正式に結成した大学連合ではないという点です。
「東京六大学」のように特定のスポーツ連盟に由来するものとも異なり、「早慶上智」や「早慶上理」は、主に受験業界や教育メディアなどで用いられてきた通称です。
また、名称が順番に変更されたわけではありません。2026年現在も複数の呼称が併存しています。
なお、早慶上智やMARCH、関関同立など、大学群全体の変遷については、関連記事「大学群の変遷50年史!早慶上智から早慶上理、MARCHの歴史まで」でも詳しく解説しています。
本記事では、その中でも早慶を中心とした難関私立大学群に焦点を当て、呼称が生まれた歴史的背景を掘り下げます。
1903年、早慶という呼称の原点は明治時代の野球対抗戦だった

「早慶」の原点は大学受験ではなかった
「早慶」という呼び名のルーツとして知られるのが、早稲田大学と慶應義塾大学による野球対抗戦です。
1903年11月5日、早稲田大学野球部は、先輩格に当たる慶應義塾大学野球部へ挑戦状を送りました。
そして11月21日、東京・三田綱町の慶應義塾運動場で記念すべき第1回早慶戦が開催されます。
結果は、11対9で慶應義塾大学が勝利。
しかし、早稲田大学の善戦は大きな注目を集め、両校のライバル関係が始まりました。
当時の日本には、現在のようなプロ野球も存在していません。
大学野球は日本のスポーツ文化を牽引する存在であり、早慶戦は多くの観客を熱狂させる人気行事へと成長していきます。
興味深いことに、早慶戦は応援の過熱などを理由に1906年から中断され、1925年に復活しています。
つまり、100年以上続く伝統も、決して順風満帆ではなかったのです。
1920年、早稲田と慶應が大学令による大学へ
もう一つ大きな節目となったのが1920年です。
この年、早稲田大学と慶應義塾大学は、ともに大学令による大学として認可されました。
両校はそれ以前から大学教育を展開していましたが、制度上も新たな地位を獲得したことになります。
スポーツではライバル、教育の世界では有力私学。
こうして「早慶」という二校の組み合わせは、日本の高等教育を語るうえでも特別な存在になっていきました。
ただし、「早慶」という略称がいつ初めて使用されたのか、また難関私大を表す言葉としていつ定着したのかを、特定の年に断定することは困難です。
確実なのは、現在につながる早慶の対抗関係が1903年の野球対抗戦に始まったということです。
早慶上智はいつから?1960年代後半から上智大学が加わった背景
高度経済成長と大学進学の大衆化
戦後、日本の高等教育は大きく変化しました。
特に1960年代から1970年代にかけて、経済成長とともに大学進学希望者が増加し、大学受験市場も拡大していきます。
大学が増え、受験生が増えるなかで、予備校や受験情報誌の役割も大きくなりました。
どの大学が難しいのか。
どの大学を併願すればよいのか。
こうした情報を受験生へ分かりやすく伝えるため、大学をいくつかのグループにまとめる呼び方が使われるようになります。
その代表的な存在が「早慶上智」でした。
上智大学の国際性と外国語教育への評価
上智大学は1913年に設立された、カトリック・イエズス会を母体とする大学です。
国際的な教育理念を掲げ、外国語教育や国際交流に特色を持つ大学として発展してきました。
1960年代から1970年代にかけて、上智大学は難関私立大学の一角として受験生の注目を集めるようになります。
そこで、「早慶」に上智大学を加えた「早慶上智」という括りが使われるようになったと考えられます。
ただし、上智大学のどの学部の難易度が、何年にどれだけ上昇したのかを示すには、当時の偏差値資料による別途検証が必要です。
1970年代には代々木ゼミナールが「早慶上智クラス」を設置
ここで、名称の歴史を示す重要な証言があります。
教育ジャーナリストの小林哲夫氏は、朝日新聞Thinkキャンパスの記事で、代々木ゼミナールが1970年代から「早慶上智クラス」を設置し、私立最難関として位置づけていたことを紹介しています。
これは、「早慶上智」という呼称が少なくとも1970年代には受験指導の現場で使われていたことを示しています。
なお、1960年代後半を呼称の成立時期とする説明もありますが、確認できる資料だけでは厳密な初出年は確定できません。
いずれにしても、1970年代の予備校による講座名への採用は、早慶上智という大学群の普及を考えるうえで重要な出来事だったといえるでしょう。
なぜ明治大学や立教大学ではなく上智大学だったのか?
ここで疑問が浮かびます。
当時から有力な私立大学であった明治大学や立教大学ではなく、なぜ上智大学が早慶と一緒に扱われたのでしょうか。
その理由の一つとして考えられるのが、上智大学の語学・国際教育における特色と、受験業界における難関大学としての位置づけです。
一方、明治大学や立教大学などは、「MARCH」という別の大学群としても広く認識されるようになりました。
ただし、大学群は厳密な学力順位で決められたものではありません。
どの大学を一緒にするかには、入試難易度だけでなく、受験生への分かりやすさや、予備校が講座を編成する際の事情も関係していたと考えられます。
早慶上理はいつから?東京理科大学が加わった理由
「早慶上智」に理系専門大学が加わった
次に登場するのが、「早慶上理」です。
早稲田大学・慶應義塾大学・上智大学の3校に、東京理科大学を加えた4大学の呼称です。
では、なぜ東京理科大学だったのでしょうか。
東京理科大学の前身は、1881年に設立された東京物理学講習所です。
東京大学で学んだ若い理学士らが、理学の普及を目指して設立しました。
つまり、東京理科大学は2000年代になって突然評価を高めた新興大学ではありません。
明治時代から理学教育を続けてきた、長い歴史を持つ大学なのです。
早稲田大学や慶應義塾大学にも理工系学部はありますが、東京理科大学を加えることで、理学・工学などに特色を持つ難関私立大学を幅広く表現できるようになります。
IT産業の発展と理系人材への注目
1990年代以降、日本社会では情報通信技術の普及や産業構造の変化が進みました。
大学選びでも、理工系分野の教育や研究、技術者育成、卒業後の進路に注目が集まるようになります。
「早慶上理」という括りは、こうした理系教育への関心とも親和性が高かったと考えられます。
ただし、IT産業の発展が直接の原因となって「早慶上理」が命名されたことを示す一次資料は、現時点では確認できていません。
また、1990年代から使われていたとする説明もありますが、呼称の最初の使用年については引き続き検証が必要です。
河合塾や東進も「早慶上理」を使用
現在、河合塾の大学入試情報サイト「Kei-Net」には、「早慶上理」の解説ページがあります。
そこでは、首都圏の難関私立4大学をまとめた名称として、早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、東京理科大学が紹介されています。
また、東進ハイスクールも大学合格者数の分類で「早慶上理」という呼称を使用しています。
このように、早慶上理は大手予備校の受験情報や合格実績の表示に利用される名称となっています。
もっとも、河合塾が最初に命名したのか、あるいは普及を主導したのかは、確認できた資料だけでは判断できません。
2010年代には高校の進学実績でも使われていた
「早慶上理」は、予備校だけでなく高校の進学実績の比較でも使われるようになりました。
例えば2014年には、かえつ有明が都内私立高校の「早慶上理」の進学実績を比較した資料を配布したことが報じられています。
この例から、遅くとも2010年代前半には、高校の進学実績を比較する際にも4大学の括りが使用されていたことが分かります。
なお、東京都教育委員会の2011年の報告書にも「早慶上理」が登場するという情報がありますが、該当箇所の原本確認が必要です。
また、2022年の東京都の資料では「早稲田・慶應・上智」を一つの区分として扱い、東京理科大学はGMARCHと合わせた別の区分に含めています。
つまり、教育行政でも、すべての資料が「早慶上理」という同一の括りを使用しているわけではないのです。
早慶上理ICUとは?国際基督教大学が加わった背景
ICUを含む5大学の呼称が登場
さらに大学群が広がった形として使われるのが、「早慶上理ICU」です。
早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、東京理科大学に、国際基督教大学(ICU)を加えた5大学を指します。
ICUが加わった理由を考えるうえで、まず知っておきたいのは同大学の歴史と教育方針です。
ICUは1953年からリベラルアーツ教育を重視
国際基督教大学は1953年に開学しました。
建学以来、国際性やリベラルアーツ教育を重視し、文系・理系という枠組みにとらわれない幅広い学びを展開しています。
学生が多様な学問に触れながら自らの専門を深める教育は、一般的な学部別教育とは異なる特徴を持っています。
また、英語による学びや異文化理解も重要な位置づけを占めています。
つまりICUは、2010年代になって初めて国際性を重視するようになった大学ではありません。
設立当初から独自の教育理念を持っていたのです。
ICUが従来の大学群に含まれにくかった理由
もう一つ重要なのが、ICUの入試制度です。
一般的な私立大学の入試では、英語、国語、地歴公民、数学、理科といった教科ごとの得点によって合否を判定する方式が広く用いられています。
一方、ICUは独自の選抜方法を採用しています。
2026年度の一般選抜でも、「総合教養ATLAS」という試験が実施されました。
これは資料を読み、講義を聴き、設問に回答することなどを通じて、論理的思考力や情報を統合する力を評価するものです。
このような独自の試験は、一般的な3教科型入試と単純に比較しにくい特徴があります。
そのため、ICUは難関大学でありながら、従来の偏差値や受験科目を中心とした大学群に必ずしも含まれなかった可能性があります。
ただし、入試方式が呼称から除外された直接の理由であると断定できる資料は限られています。
大学入試改革と国際教育への関心の高まり
2010年代以降、日本の大学入試や高等教育では、知識だけでなく思考力、表現力、主体性などをどう評価するかが議論されるようになりました。
また、グローバル化の進展に伴い、外国語教育や国際交流、リベラルアーツなどへの関心も高まっています。
こうした環境の中で、ICUの教育理念を含めて難関私立大学を紹介することには一定の合理性があります。
従来の入試難易度に加え、教育内容や大学の個性にも目を向けた結果、ICUを含む5大学の括りが利用されるようになったと考えることができます。
ただし、大学入試改革そのものが「早慶上理ICU」という名称を生んだという因果関係は、確認されていません。
武田塾やWEBメディアでも「早慶上理ICU」を使用
インターネット上の受験情報でも、5大学をまとめた呼称が見られます。
少なくとも2017年9月11日の武田塾田町校の記事には、「早慶上理・ICU」という呼び方が登場しています。
さらに2024年7月15日、武田塾ひたち野うしく校は「大学群紹介シリーズ①!!最難関私大【早慶上理ICU】」という記事を公開しました。
2025年6月7日には、ダイヤモンド・オンラインが「早慶上理ICU」の10年間の評価の変化を扱った記事を掲載しています。
このように、学習塾のWEBサイトだけでなく、大手経済メディアでも5大学をまとめた呼称が使用されています。
インターネットによる受験情報の発信は、こうした大学群の名称に受験生が接する機会を増やしたと考えられます。
一方、SEO対策が直接の普及原因だったかどうか、また5大学の呼称がどの程度一般化しているかについては、検索データなどによる検証が必要です。
早慶から早慶上理ICUまで、123年間の歴史年表

ここまでの歴史を時系列で整理してみましょう。
| 年代 | 出来事・呼称 | 背景 |
|---|---|---|
| 1903年 | 第1回早慶戦 | 早稲田と慶應のスポーツ対抗関係 |
| 1920年 | 両校が大学令による大学に | 私立高等教育の発展 |
| 1960年代後半~ | 早慶上智の登場期とされる | 大学進学者の増加、上智の存在感 |
| 1970年代 | 代ゼミが早慶上智クラスを設置 | 難関私大向け受験指導 |
| 1990~2000年代 | 早慶上理の使用・普及期とされる | 理工系大学も含む分類 |
| 2010年代前半 | 早慶上理が進学実績比較に登場 | 高校や予備校による合格・進学実績の表示 |
| 2017年 | 「早慶上理・ICU」の使用例 | 5大学をまとめた受験情報 |
| 2024年 | 武田塾が早慶上理ICUを紹介 | WEB上の大学群紹介 |
| 2025年 | ダイヤモンドが5大学を比較 | 一般メディアでの使用 |
| 2026年 | 複数の呼称が併存 | 媒体や分類目的によって異なる |
※呼称の登場年代は、確認できる使用例や関連資料をもとにした目安です。各大学が正式に加入した年を示すものではありません。
2026年現在、早慶上智・早慶上理・早慶上理ICUのどれが正しい?
ここで、今回の記事の大きな疑問に戻りましょう。
2026年現在、難関私立大学の呼称として正しいのは、「早慶上智」「早慶上理」「早慶上理ICU」のどれなのでしょうか。
結論からいえば、いずれも受験情報などで使われる通称であり、唯一の正式名称があるわけではありません。
実際に、河合塾は「早慶上理」を入試用語として紹介しています。
一方、教育ジャーナリストの小林哲夫氏が紹介するように、代々木ゼミナールは長年「早慶上智」という括りを使ってきました。
また、大学比較を扱うメディアでは「早慶上理ICU」という5大学の呼称も使用されています。
つまり、「早慶上智」が古くなって廃止されたわけでも、「早慶上理ICU」に正式に改称されたわけでもないのです。
大学群が同じでも、大学の難易度は同じではない
さらに注意したいのが、同じ大学群に含まれる大学でも、学部や入試方式によって難易度は大きく異なるという点です。
例えば、早稲田大学の政治経済学部と東京理科大学の理学部を、単一の偏差値で単純比較することには限界があります。
ICUのように独自の入試方式を採用する大学では、なおさらです。
大学群は、受験情報を整理するためには便利ですが、大学の教育内容、入学難易度、研究水準、就職実績を一つの序列で示すものではありません。
なぜ大学群は拡大したのか?歴史から見える3つの変化
「早慶」から「早慶上理ICU」までの歴史を振り返ると、大きく3つの変化が見えてきます。
スポーツのライバル関係から受験情報の分類へ
もともと「早慶」は、2校の歴史的な対抗関係を表す言葉でした。
それが「早慶上智」になると、難関大学への受験対策という性格が強くなります。
大学群の呼称が、スポーツ文化に由来する対比から、入試難易度や志望校選択を整理するための言葉へと広がったのです。
文系中心のイメージから理工系を含む分類へ
東京理科大学を含む「早慶上理」は、理工系分野を含む難関私立大学の分類として利用できます。
ただし、早慶上智の3大学にも理系学部があるため、「早慶上智は文系だけの大学群だった」という理解は正確ではありません。
東京理科大学の加入によって、理工系専門大学という異なる特色を持つ大学が加わったことが重要です。
偏差値だけでなく教育内容の違いにも注目
さらにICUを含めることで、独自のリベラルアーツ教育や入試制度を持つ大学まで一括して紹介できるようになります。
これは、難関大学を語る際に教育の特色や国際性などにも目を向ける、一つの分類方法といえます。
ただし、大学群の呼称がどれほど広がったかと、各大学の教育上の評価がどれほど変わったかは、別々に検証する必要があります。
まとめ:早慶上智から早慶上理ICUへ、変わったのは大学の序列だけではない
1903年の早慶戦から2026年まで、約123年間にわたる大学群の歴史を振り返ると、大学を取り巻く社会環境と受験業界の変化が見えてきます。
「早慶」という言葉は、もともと早稲田大学と慶應義塾大学の歴史的なライバル関係を表すものでした。
その後、大学進学率の上昇と受験産業の発展を背景に、上智大学を含めた「早慶上智」が普及しました。
さらに、東京理科大学を加えた「早慶上理」、国際基督教大学を加えた「早慶上理ICU」という呼称も使用されるようになりました。
これらの名称の変化には、難関大学をどのような観点から分類するかという問題が関係しています。
上智大学の国際性、東京理科大学の理工系教育、ICUのリベラルアーツ教育。それぞれ異なる特色を持つ大学が、受験情報の中で一つのグループとして扱われるようになったのです。
ただし、「早慶上智」が「早慶上理」に正式に変更されたわけではありません。
2026年現在も、複数の呼称がそれぞれの目的に応じて使用されています。
大学群の名称の歴史は、単なる大学の序列変化ではなく、日本の受験産業が大学をどのように分類し、受験生に伝えてきたのかを映し出す歴史でもあるのです。
大学の実力や価値は、大学群の名称だけで決まるものではありません。
入試難易度、教育内容、研究水準、就職実績など、さまざまな指標から各大学の特徴を理解することが重要です。
早慶上智から早慶上理ICUへという呼称の変遷は、日本の私立大学の歴史と、時代ごとに変わる大学の評価基準を考えるうえで興味深い事例といえるでしょう。

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Googleの優先ソースに追加私は、新卒から約20年大手大学受験予備校の職員として働いておりました。現役生や浪人生、国公立医学部を受験する生徒から私立文系を受験する生徒まで、数千名の生徒と向き合ってきました。受験校の相談や学習方法の相談、受験勉強の息抜きなどさまざまな相談、時には生徒から教えてもらうことも。今までの経験を少しでも受験生に役立つ情報をお届けできたらと思っています。
参考資料・出典
- 早稲田大学「早慶戦」 — 1903年の第1回早慶戦
- 早稲田大学「略年表」 — 1920年の大学令による大学認可
- 慶應義塾「歴史」 — 慶應義塾の沿革
- 朝日新聞Thinkキャンパス「大学グループの通称はいつ・どうやって作られた?」 — 早慶上智と予備校の歴史
- 上智大学「上智大学の沿革」 — 上智大学の設立と発展
- 東京理科大学「沿革」 — 東京物理学講習所からの歴史
- 河合塾Kei-Net「早慶上理」 — 大学群の定義
- カナガク「都立との併願校の早慶上理進学実績比較」 — 2014年の使用例
- 武田塾「大学群紹介シリーズ① 最難関私大・早慶上理ICU」 — 2024年の使用例
- ICU「ICUの入試について」 — 教育理念と選抜方針
- ICU「一般選抜」 — 総合教養ATLASなど
- ダイヤモンド・オンライン「早慶上理ICUの序列はこの10年間でどう変わった?」 — 2025年の使用例
※本記事は2026年11月時点で確認できる公開資料をもとに構成しています。呼称の成立年代については、確認可能な使用例と歴史的背景についての考察を区別しています。

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