東京六大学とは?なぜ中央大学・青山学院大学・上智大学は入っていない?100年の歴史と誕生の理由を解説
「東京六大学」と聞くと、早稲田大学と慶應義塾大学の早慶戦や、神宮球場で繰り広げられる大学野球を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
東京六大学を構成するのは、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、法政大学、立教大学、東京大学の6校です。
しかし、この顔ぶれを見ると、いくつかの疑問が浮かびます。
なぜMARCHの中央大学と青山学院大学は含まれていないのでしょうか。
なぜ難関私立大学として知られる上智大学も入っていないのでしょうか。
そして、国立大学では東京大学だけが加盟しているのはなぜでしょうか。
実は、東京六大学は偏差値や学問的な評価によって選ばれた大学群ではありません。
その名称は、1925年に成立した「東京六大学野球連盟」の加盟校に由来しています。
しかも、その歴史をさかのぼると、19年間に及ぶ早慶戦の中断、明治大学などによるリーグ形成、東京帝国大学の加盟、そして東都大学野球連盟の誕生という、日本の大学スポーツ史を彩る出来事が見えてきます。
2025年には東京六大学野球連盟が創設100周年を迎えました。
今回は、東京六大学がどのように誕生したのか、なぜ現在の6校になったのか、中央大学・青山学院大学・上智大学が含まれていない理由、さらに野球以外の大学間交流やMARCHとの違いまで詳しく解説します。
- 1. 東京六大学とは?加盟している6大学
- 2. 東京六大学の歴史は1903年の早慶戦から始まった
- 3. 明治大学が加わり、三大学から五大学へ拡大
- 4. 1925年、東京帝国大学が加盟して東京六大学が完成
- 5. なぜ国公立大学は東京大学だけなのか?
- 6. なぜ中央大学は東京六大学に入っていないのか?
- 7. なぜ青山学院大学は東京六大学に入っていないのか?
- 8. なぜ上智大学は東京六大学に入っていないのか?
- 9. もう一つの大学野球の伝統「東都大学野球連盟」とは?
- 10. 神宮球場の完成と戦争による連盟解散
- 11. 東京六大学は野球だけではない!スポーツや文化活動にも広がった交流
- 12. 合唱・オーケストラ・ピアノにも東京六大学が存在する
- 13. 卒業後も続く東京六大学の交流
- 14. 東京六大学とMARCH・早慶・SMARTは何が違う?
- 15. 東京六大学の加盟校は今後変わる可能性があるのか?
- 16. 東京六大学に関するよくある質問
- 17. まとめ:東京六大学は偏差値ではなく、100年以上の歴史が作った大学群
- 出典・参考資料一覧
1. 東京六大学とは?加盟している6大学
東京六大学とは、東京六大学野球連盟を構成する次の6大学を指します。
| 大学名 | 設置形態 | 加盟の歴史 |
|---|---|---|
| 早稲田大学 | 私立 | 1903年に早慶戦開始 |
| 慶應義塾大学 | 私立 | 1903年に早慶戦開始 |
| 明治大学 | 私立 | 1914年に三大学リーグ形成 |
| 法政大学 | 私立 | 1917年加盟 |
| 立教大学 | 私立 | 1921年加盟 |
| 東京大学 | 国立 | 1925年、東京帝国大学として加盟 |
この6大学は、1925年から現在まで同じ顔ぶれでリーグ戦を続けてきました。
東京六大学野球では春季と秋季にリーグ戦が開催され、各大学が優勝を争います。
試合の舞台となるのは、東京・新宿区にある明治神宮野球場です。
特に早稲田大学と慶應義塾大学の対戦は「早慶戦(慶應側では慶早戦)」として知られ、大学野球の枠を超えた伝統行事になっています。
ただし、東京六大学という名称は、現在の大学の偏差値や就職実績を基準に決められたものではありません。
東京大学のような国立大学と、早慶やMARCHの一部が同じグループに属しているのも、大学野球の歴史から誕生した連盟だからです。
2. 東京六大学の歴史は1903年の早慶戦から始まった

1903年:第1回早慶戦が開催
東京六大学の歴史は、1903年(明治36年)にまでさかのぼります。
この年、早稲田大学と慶應義塾大学の間で、初めての野球対抗戦が行われました。
試合結果は11対9で慶應義塾大学が勝利しました。
当時の日本では、野球が学校教育や学生スポーツの世界に広がりつつありました。
その中でも早稲田と慶應の対抗戦は、学生だけでなく多くの野球ファンの関心を集めるようになります。
現在まで続く早慶戦の伝統は、この明治時代の一戦から始まったのです。
1906年:早慶戦が突然中断された理由
ところが、早慶戦は開始からわずか数年で中断されることになりました。
理由は、応援や観客の熱狂が過熱したことです。
当時の早慶戦は、単なる大学同士のスポーツ競技ではなく、両大学の威信をかけた対決になっていました。
学生や応援団の対抗意識が激しくなり、大学当局は衝突などを懸念するようになります。
その結果、1906年(明治39年)、早慶戦は中断されました。
驚くことに、この中断は1925年まで約19年間続きます。
現在では東京六大学を代表する試合として知られる早慶戦ですが、かつては両大学が直接対戦できない時代があったのです。
3. 明治大学が加わり、三大学から五大学へ拡大
1914年:早稲田・慶應・明治の三大学リーグ
早慶戦が中断する中、大学野球の発展に重要な役割を果たしたのが明治大学でした。
1914年(大正3年)、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学による三大学リーグが組織されました。
ただし、この時点でも早稲田と慶應の直接対戦は認められていませんでした。
つまり、三大学リーグとはいっても、現在のようにすべての大学が互いに対戦する形式ではなかったのです。
1917年:法政大学が加盟
1917年(大正6年)には、法政大学が新たに加盟しました。
これによって四大学リーグとなります。
早稲田、慶應、明治、法政という4大学による対抗戦が展開されるようになりました。
1921年:立教大学が加盟
さらに1921年(大正10年)には立教大学が加盟し、五大学リーグへと発展しました。
この時点で、現在の東京六大学を構成する6校のうち5校がそろったことになります。
しかし、依然として早慶戦は行われていませんでした。
この問題が解決するのは、東京帝国大学が加盟する1925年のことでした。
4. 1925年、東京帝国大学が加盟して東京六大学が完成
1925年(大正14年)は、東京六大学の歴史における最大の転換点です。
この年、東京帝国大学(現在の東京大学)が加盟し、現在の6大学によるリーグが成立しました。
1925年9月20日には、明治大学対立教大学の試合が東京六大学野球連盟の創設初試合として開催されました。
そして同じ年、1906年以来中断されていた早慶戦が19年ぶりに復活します。
これによって、6大学すべてが互いに対戦するリーグ戦が実現したのです。
なぜ東京大学が6校目として加盟できたのか?
現在の東京大学野球部は、他の5大学と比較すると苦戦することも多く、リーグ優勝の経験がありません。
しかし、1925年当時の状況を現在の成績だけで考えることはできません。
東京大学野球部は1919年に創部され、六大学加盟以前から野球活動を行っていました。
また、東京大学が加盟した時期には、長期間中断していた早慶戦を復活させようという動きもありました。
東京帝国大学の加盟と早慶戦の再開は、六大学リーグの成立において密接に関わる出来事でした。
六大学の結成は、単に野球の強い大学を6校選んだ結果ではありません。
大学同士の関係、対抗戦の歴史、連盟運営に関する調整などが積み重なって成立したものなのです。
東京大学野球部に残る2つの約束
東京大学野球部には、1925年の加盟に際して、当時の野球部長であった長与又郎が部員に示したとされる2つの約束が伝わっています。
一つは、どんなに苦しくても自ら東京六大学野球連盟を脱退しないこと。
もう一つは、必ず一度はリーグ優勝を果たすことです。
前者の約束は守られ、東京大学は現在まで六大学の一員であり続けています。
しかし、後者のリーグ優勝はいまだ実現していません。
東京大学野球部の一誠寮には、「誠」の字の一画が欠けた額が掲げられています。
これは東京大学がリーグ優勝を果たした際、最後の一画を加えるという伝承によるものです。
100年以上続く東京大学野球部の歴史を象徴するエピソードといえるでしょう。
5. なぜ国公立大学は東京大学だけなのか?
東京六大学は私立大学5校と国立大学1校で構成されています。
では、なぜ国立大学は東京大学だけなのでしょうか。
その理由は、国立大学を1校に限定するルールがあったからではありません。
1925年に東京帝国大学が加盟し、6大学によるリーグが成立した後、その構成が維持されてきたからです。
東京六大学野球連盟には、成績によって加盟校が入れ替わる昇格・降格制度がありません。
例えば、東京大学が最下位になったとしても、連盟から脱退することにはなりません。
反対に、別の大学が野球で全国優勝しても、その成績だけで六大学に加盟できるわけではありません。
東京大学が現在も唯一の国立大学として加盟しているのは、1925年に成立した歴史的な枠組みが続いているためです。
ちなみに、一橋大学の前身である東京商科大学は、1935年に東都大学野球連盟へ加盟しています。
国立大学の野球活動が東京六大学だけに限られていたわけではないのです。
6. なぜ中央大学は東京六大学に入っていないのか?
中央大学は1885年(明治18年)に創立された英吉利法律学校を前身とする伝統校です。
現在ではMARCHの一角として知られ、特に法学部は長い歴史と実績を持っています。
それにもかかわらず、東京六大学には含まれていません。
その背景には、大学野球の組織が形成された時期と、その後の別リーグの誕生があります。
中央大学は1931年に新しい野球連盟を創設した
中央大学には六大学成立以前から野球活動の歴史がありました。
しかし、1925年の東京六大学成立には参加していませんでした。
その後、1931年(昭和6年)、中央大学は日本大学、専修大学、國學院大學、東京農業大学とともに「五大学野球連盟」を設立します。
これが現在の東都大学野球連盟の前身です。
つまり、中央大学は東京六大学に入らなかった後、別の大学野球リーグを形成する中心的な大学の一つとなったのです。
中央大学は六大学への加盟を拒否された?
中央大学が東京六大学に入っていない理由について、「加盟を希望したが断られた」という説明が紹介されることがあります。
ただし、具体的な交渉の時期、申し入れの内容、加盟が認められなかった理由については、当時の記録を慎重に確認する必要があります。
歴史的に明確なのは、中央大学が1925年の六大学成立時に加盟しておらず、1931年には別の連盟を創設したという事実です。
中央大学が東京六大学に含まれていないことは、明治大学や法政大学などと比較して学問的な評価が低かったことを意味しません。
東京六大学の加盟校は、偏差値によって選ばれたものではないからです。
7. なぜ青山学院大学は東京六大学に入っていないのか?
青山学院大学については、意外な事実があります。
実は、青山学院の野球の歴史は、東京六大学の起点となった早慶戦よりも古いのです。
青山学院の野球の歴史は1883年から始まっていた
青山学院大学硬式野球部の起源は、1883年(明治16年)にさかのぼります。
青山学院の前身である東京英和学校の時代に野球が行われ、野球チームが形成されたとされています。
これは1903年の第1回早慶戦より20年も前のことです。
つまり、青山学院大学については「野球部の歴史が浅かったから東京六大学に入れなかった」という説明は適切ではありません。
青山学院大学は1951年に東都大学野球連盟へ加盟
青山学院大学が東都大学野球連盟へ加盟したのは1951年(昭和26年)です。
1925年の東京六大学成立から26年が経過していました。
その後、青山学院大学は大学野球で実績を積み重ね、東都大学野球連盟を代表する強豪校の一つへと成長しました。
近年も全国大会で優れた成績を残しています。
このことからも、東京六大学に所属していることと、現在の大学野球の競技力は別の問題であると分かります。
青山学院大学が1925年の六大学に加わらなかった個別の理由については、当時の加盟交渉を確認できる資料が十分ではありません。
ただし、青山学院が古い野球の伝統を持ちながら、別の大学野球リーグで発展してきたことは確かです。
8. なぜ上智大学は東京六大学に入っていないのか?
上智大学は1913年(大正2年)に創立されたカトリック系の私立大学です。
早稲田大学や慶應義塾大学などと比較すると、1925年の東京六大学成立時点では大学としての歴史が比較的新しい学校でした。
六大学の成立後、東都大学野球連盟へ加盟
上智大学が東都大学野球連盟へ加盟したのは、公式の加盟沿革によれば1946年(昭和21年)です。
東京六大学が成立してから21年後のことでした。
上智大学もまた、東京六大学とは異なる大学野球の組織で活動を発展させてきた大学です。
そのため、上智大学が六大学に含まれていないことを、現在の入試難易度や大学の格式と結びつけるのは適切ではありません。
実は上智大学も別の「東京六大学」に参加している
さらに興味深いのは、東京六大学ピアノ連盟という学生音楽団体には上智大学が参加していることです。
このピアノ連盟では、野球の六大学とは構成が異なり、法政大学の代わりに上智大学が参加しています。
つまり、東京六大学という名称を持つ活動であっても、すべてが野球連盟と同じ6校で構成されるわけではないのです。
この点については、後ほど詳しく紹介します。
9. もう一つの大学野球の伝統「東都大学野球連盟」とは?
東京六大学と並び、首都圏の大学野球で長い歴史を持つのが東都大学野球連盟です。
東都大学野球連盟は1931年に発足しました。
最初の加盟校は中央大学、日本大学、専修大学、國學院大學、東京農業大学の5大学です。
1935年に東都大学野球連盟と改称し、その後、加盟大学が増えていきました。
現在では複数の部に分かれてリーグ戦を行っています。
東京六大学と東都大学の違い
| 比較項目 | 東京六大学野球連盟 | 東都大学野球連盟 |
|---|---|---|
| 成立年 | 1925年 | 1931年 |
| 創設時の大学数 | 6大学 | 5大学 |
| 現在の加盟校 | 6大学固定 | 多数の大学が加盟 |
| リーグ構成 | 単一リーグ | 複数部制 |
| 入れ替え戦 | なし | あり |
| 主な特徴 | 伝統的な6校の対抗戦 | 昇降格を伴う競争 |
東都大学野球連盟では、リーグ戦の成績に応じて入れ替え戦が行われます。
そのため、強豪校であっても下位の部へ降格する可能性があります。
逆に、下位リーグから昇格し、1部リーグで優勝を争うこともできます。
こうした競争の激しさから、東都大学野球連盟は「実力の東都」と呼ばれることもあります。
一方、東京六大学では6校の顔ぶれが固定されています。
この制度の違いも、両連盟の大きな特徴といえるでしょう。
10. 神宮球場の完成と戦争による連盟解散
1926年:明治神宮野球場が完成
東京六大学成立の翌年、1926年(大正15年)に明治神宮野球場が完成しました。
東京六大学野球連盟も球場の建設に協力し、その後、神宮球場は大学野球を代表する舞台となりました。
1931年には連盟が工事費を負担して拡張工事が行われ、5万5,000人を収容する大球場になりました。
神宮球場と東京六大学は、切り離すことのできない歴史を持っているのです。
1943年:第二次世界大戦によって連盟が解散
しかし、大学野球の伝統も戦争の影響を免れることはできませんでした。
1943年(昭和18年)、文部省による試合禁止の命令を受け、東京六大学野球連盟は解散することになります。
学生スポーツを取り巻く環境が大きく変化し、六大学野球も活動を継続できなくなったのです。
1946年:戦後のリーグ戦が復活
1945年の終戦後、大学野球の復興に向けた動きが始まりました。
同年10月には六大学のOB戦、11月には全早慶戦が開催されました。
そして1946年5月19日、六大学リーグ戦が復活しました。
戦争によって一度途絶えた大学野球の伝統が、学生や卒業生、関係者の努力によって再び受け継がれたのです。
11. 東京六大学は野球だけではない!スポーツや文化活動にも広がった交流

東京六大学という言葉は、野球のイメージが非常に強いものです。
しかし、大学間の交流は野球だけにとどまりません。
陸上競技や水泳などのスポーツ、応援団、合唱、オーケストラ、ピアノなど、さまざまな分野で「東京六大学」の名称を用いた活動が行われています。
東京六大学は単なるスポーツの対戦相手という関係を超えて、学生同士の交流を生み出す存在にもなっているのです。
東京六大学対校陸上競技大会
東京六大学対校陸上競技大会は、1968年に第1回が開催された伝統ある大会です。
野球と同じ6大学による陸上競技の対抗戦として知られています。
短距離走や長距離走、跳躍種目、投てき種目などで学生アスリートが競い合います。
大学陸上競技の世界でも、東京六大学のつながりが活用されている例といえるでしょう。
東京六大学水泳対抗戦
水泳競技でも、東京六大学の名称を用いた対抗戦が行われています。
東京六大学水泳対抗戦は1993年に始まり、大学水泳界における交流大会の一つとして発展してきました。
大学によっては日本代表クラスの選手が所属していることもあり、レベルの高い競技が展開されます。
野球に限らず、さまざまな競技で大学同士が切磋琢磨する文化が受け継がれているのです。
東京六大学応援団連盟と「六旗の下に」
東京六大学の学生文化を代表する存在が応援団です。
早慶戦をはじめとする六大学野球では、各大学の校歌や応援歌、吹奏楽、チアリーディングなどが試合を盛り上げています。
しかし、普段はライバル関係にある応援団同士も、試合以外では交流を深めています。
その代表的な行事が、東京六大学応援団連盟による合同演舞会「六旗の下に」です。
各大学の応援団が一堂に会し、それぞれの伝統的な応援や演奏、演舞を披露します。
普段は敵味方に分かれて戦う学生たちが、同じ舞台で交流する姿は、東京六大学ならではの文化といえるでしょう。
12. 合唱・オーケストラ・ピアノにも東京六大学が存在する
東京六大学合唱連盟は1951年に結成
東京六大学合唱連盟は、1951年に結成された歴史ある学生音楽団体です。
加盟するのは、各大学を代表する男声合唱団です。
| 大学名 | 加盟する合唱団 |
|---|---|
| 早稲田大学 | 早稲田大学グリークラブ |
| 慶應義塾大学 | ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 |
| 明治大学 | 明治大学グリークラブ |
| 法政大学 | 法政大学アリオンコール |
| 立教大学 | 立教大学グリークラブ |
| 東京大学 | 東京大学音楽部合唱団コールアカデミー |
東京六大学合唱連盟では、各大学による演奏に加え、6大学合同のステージも行われています。
2026年5月には第75回定期演奏会が開催されました。
神宮球場では互いに競い合う大学の学生たちが、合唱の舞台では協力して一つの音楽を作り上げるのです。
こうした交流は、野球だけでは見えてこない東京六大学の魅力といえるでしょう。
2010年には東京六大学オーケストラ連盟も誕生
東京六大学オーケストラ連盟は2010年に設立されました。
各大学のオーケストラ団体が交流し、合同演奏会などを開催しています。
また、単に演奏会を行うだけではありません。
楽器の貸し借り、演奏者の紹介、合宿所や練習場所の情報交換など、学生団体の運営に関する協力も行っています。
東京六大学という枠組みは、1925年に完成して終わったものではなく、時代に合わせて新しい交流活動を生み出しているのです。
東京六大学ピアノ連盟には上智大学が参加している!
ここで、少し意外な事実を紹介しましょう。
実は「東京六大学ピアノ連盟」には、野球の東京六大学に含まれていない上智大学が参加しています。
東京六大学ピアノ連盟は1994年に発足した学生音楽団体です。
加盟する大学は次の6校です。
| 大学名 | ピアノ連盟 |
|---|---|
| 早稲田大学 | 参加 |
| 慶應義塾大学 | 参加 |
| 明治大学 | 参加 |
| 立教大学 | 参加 |
| 東京大学 | 参加 |
| 上智大学 | 参加 |
| 法政大学 | 不参加 |
つまり、野球の東京六大学と比べると、法政大学の代わりに上智大学が参加しているのです。
ピアノ連盟は、各大学のピアノサークルによる親睦や演奏活動の発展を目的としています。
この事例から分かるのは、東京六大学という名称を使用する団体が、必ずしも野球連盟と同じ大学で構成されているわけではないということです。
野球の東京六大学は1925年からの固定された加盟校ですが、文化活動では異なる組み合わせの交流組織も成立しています。
13. 卒業後も続く東京六大学の交流
東京六大学のつながりは、学生時代だけに限りません。
各大学の卒業生によるOB・OG活動や、スポーツ・文化活動を通じた交流も行われています。
例えば、合唱の分野では、卒業生による演奏活動や交流が続いています。
また、ゴルフなどのスポーツでも、大学間の親善交流が行われる例があります。
こうした活動は、大学野球を通じて形成されたライバル関係が、卒業後も人と人とのつながりとして続いていくことを示しています。
東京六大学は、単なる試合の組み合わせではなく、各大学の学生や卒業生が共有する伝統文化にもなっているのです。
14. 東京六大学とMARCH・早慶・SMARTは何が違う?
東京六大学について理解するうえで、もう一つ重要なのが、大学受験で使われる大学群との違いです。
大学受験の世界では、早慶、MARCH、SMART、日東駒専などの呼び方が使われています。
これらは、主に受験情報の整理や大学の比較に使われる名称です。
一方、東京六大学は野球連盟の構成校という、明確な歴史的背景を持っています。
大学群の違いを比較
| 大学群 | 構成大学 | 成り立ち・特徴 |
|---|---|---|
| 東京六大学 | 東大・早稲田・慶應・明治・法政・立教 | 1925年成立の野球連盟 |
| 早慶 | 早稲田・慶應 | 伝統的な難関私立大学の組み合わせ |
| MARCH | 明治・青学・立教・中央・法政 | 受験情報で用いられる大学群 |
| SMART | 上智・明治・青学・立教・東京理科 | 受験情報で用いられる大学群 |
| 日東駒専 | 日本・東洋・駒澤・専修 | 首都圏の私立大学群 |
東京六大学とMARCHは、そもそも成立した目的が異なります。
東京六大学は1925年に成立した野球連盟であるのに対し、MARCHという呼称は、後の時代に大学受験の世界で普及したものです。
そのため、東京六大学に所属している大学の方が、所属していない大学よりも偏差値や就職実績で優れているという意味ではありません。
MARCHの中で六大学に入っていないのは中央大学と青山学院大学
MARCHを構成する5大学のうち、東京六大学に加盟しているのは明治大学、立教大学、法政大学の3校です。
中央大学と青山学院大学は含まれていません。
しかし、その違いは大学の格付けによるものではありません。
MARCHの5大学は、それぞれ異なる歴史を歩みながら発展してきました。
例えば、明治大学、中央大学、法政大学は法律教育をルーツに持ち、青山学院大学と立教大学はキリスト教系の教育機関を起源としています。
各大学の創立の背景や教育の特色、大学ブランドの変遷については、以下の記事でも詳しく解説しています。
関連記事:MARCH5大学の歴史を詳しく読む
「150年の歴史から見るMARCHの勢力図|明治・青学・立教・中央・法政はどのように名門大学になったのか?」
この記事では、MARCHという呼称が広まった背景や、明治時代から現在までの各大学の発展、キャンパス移転、大学ブランドの変化などを紹介しています。
東京六大学とMARCHの違いを理解するうえでも、参考になる内容です。
東京六大学の所属は大学の序列を意味しない
例えば、東京大学と法政大学は同じ東京六大学の加盟校です。
しかし、両大学の入試難易度が同じというわけではありません。
同様に、中央大学や青山学院大学が東京六大学に含まれていないからといって、明治大学や立教大学よりも学問的な評価が低いということにはなりません。
大学の評価は、学部や学科、研究環境、就職実績、資格試験の実績、教育内容など、さまざまな観点から考える必要があります。
東京六大学という名称を大学の格付けに利用することは、その成立の歴史から見ても適切ではないのです。
15. 東京六大学の加盟校は今後変わる可能性があるのか?
東京六大学野球連盟は、1925年に現在の6大学がそろって以来、同じ加盟校による伝統を維持しています。
東都大学野球連盟とは異なり、成績による入れ替え戦はありません。
そのため、中央大学や青山学院大学が全国大会で優勝したとしても、その結果によって自動的に東京六大学へ加盟することはありません。
逆に、東京大学がリーグ戦で最下位になったとしても、それを理由に連盟から脱退することはありません。
では、今後、東京六大学に新たな大学が加盟する可能性はあるのでしょうか。
将来にわたって加盟校の変更が絶対にないと断言することはできません。
ただし、100年以上にわたって維持されてきた連盟の構成を変更することになれば、組織の運営方針や伝統に関わる大きな問題になります。
現行制度では、大学野球の成績や偏差値の変化によって加盟校が入れ替わる仕組みはありません。
東京六大学が現在も同じ6大学で構成されているのは、その歴史と伝統が維持されてきた結果なのです。
16. 東京六大学に関するよくある質問
Q1. 東京六大学は偏差値が高い大学を集めたグループですか?
いいえ。東京六大学は1925年に成立した東京六大学野球連盟の加盟校です。大学の偏差値や学問的な序列を示す名称ではありません。
Q2. なぜ中央大学は東京六大学に入っていないのですか?
中央大学は1925年の東京六大学成立時には加盟しておらず、1931年に日本大学、専修大学、國學院大學、東京農業大学とともに別の五大学野球連盟を創設しました。これが東都大学野球連盟の前身です。
Q3. 青山学院大学の野球部は歴史が浅いのですか?
いいえ。青山学院大学硬式野球部の起源は1883年にさかのぼります。1903年の早慶戦よりも古い野球の歴史を持っています。
Q4. 上智大学は東京六大学に全く関係がないのですか?
いいえ。野球の東京六大学には加盟していませんが、東京六大学ピアノ連盟には上智大学が参加しています。
Q5. 東京六大学に国立大学が東大しかないのはなぜですか?
1925年に東京帝国大学が6校目として加盟し、その構成が現在まで続いているためです。国立大学を1校に限定する入試難易度上の基準があるわけではありません。
Q6. 東京六大学とMARCHはどちらが上ですか?
比較の前提が異なります。東京六大学は野球の歴史に由来する加盟校の組み合わせであり、MARCHは受験情報などで用いられる私立大学群です。大学の難易度や実績を比較する場合は、個別の指標を見る必要があります。
Q7. 東京六大学は野球以外でも交流していますか?
はい。陸上競技、水泳、応援団、合唱、オーケストラ、ピアノなどの分野で、大学間の交流活動が行われています。ただし、団体によって構成大学が異なる場合があります。
17. まとめ:東京六大学は偏差値ではなく、100年以上の歴史が作った大学群
東京六大学の歴史は、1903年の早慶戦から始まりました。
1906年には応援の過熱などによって早慶戦が中断され、その後、明治大学、法政大学、立教大学が加わって大学野球のリーグが発展していきます。
そして1925年、東京帝国大学が6校目として加盟し、現在の東京六大学野球連盟が成立しました。
同じ年には、約19年間中断されていた早慶戦も復活しています。
中央大学や青山学院大学、上智大学が東京六大学に含まれていないのは、現在の偏差値や学問的な格式が原因ではありません。
それぞれの大学が異なる時期に、別の大学野球の組織で活動することになったという歴史的な事情があるのです。
さらに、東京六大学は野球だけの存在でもありません。
陸上競技や水泳、応援団、合唱、オーケストラなど、さまざまな分野で学生同士の交流が行われてきました。
野球場ではライバルとして競い合い、音楽の舞台では協力して一つの演奏を作り上げる。
こうした伝統が100年以上にわたって受け継がれてきたことこそ、東京六大学の大きな特徴といえるでしょう。
現在の大学受験では、MARCHや早慶などの大学群が広く使われています。
しかし、東京六大学はそれらとは異なる背景で成立した歴史的な枠組みです。
大学選びにおいては、東京六大学に所属しているかどうかだけではなく、それぞれの大学の教育内容、研究環境、就職実績、キャンパスの特徴などを比較することが大切です。
東京六大学とは、大学の序列を示す名称ではなく、日本の大学スポーツと学生文化の歴史を今に伝える存在なのです。

subblog.netの記事をGoogle検索で見つけやすくする
大学選び・偏差値・就職情報などを今後もチェックしたい方は、subblog.netをGoogleの「優先ソース」に追加できます。
Googleの優先ソースに追加私は、新卒から約20年大手大学受験予備校の職員として働いておりました。現役生や浪人生、国公立医学部を受験する生徒から私立文系を受験する生徒まで、数千名の生徒と向き合ってきました。受験校の相談や学習方法の相談、受験勉強の息抜きなどさまざまな相談、時には生徒から教えてもらうことも。今までの経験を少しでも受験生に役立つ情報をお届けできたらと思っています。
出典・参考資料一覧
1. 東京六大学野球連盟「連盟紹介・沿革」 https://www.big6.gr.jp/big6/
2. BIG6 Scorebook「東京六大学野球の歴史」 https://big6scorebook.jp/history/index.html
3. 早稲田大学「早慶戦復活と六大学野球の始まり」 https://www.waseda.jp/inst/weekly/column/2018/07/06/48489/
4. 慶應義塾「慶早戦百年の歴史」 https://www.keio.ac.jp/ja/about/public-relations/stainedglass-1995-2010/240/
5. 東都大学野球連盟「沿革」 https://www.univbbl.com/kanto/tohto/league.html
6. 青山学院「写真に見る青山学院150年」 https://www.aoyamagakuin.jp/history/chronicle01
7. 東京六大学合唱連盟 公式サイト https://tokyobig6.jimdofree.com/
8. 東京六大学オーケストラ連盟 公式サイト https://tokyobig6orchestra.com/
9. 東京六大学ピアノ連盟 公式サイト https://www.rokuren.com/

コメント